パキスタンは北緯24-35度、東経62-72度に位置し、西はイラン、北西から北にかけてアフガニスタン、東北部を中国と接している。(パキスタンの全国地図、各地の詳細地図)
総人口:1億3000万人 人口増加率:年2.8%
803,944平方km
四季がはっきりしている;冬(12月-2月)、春(3月、4月)、夏(5月-9月)、秋(10月-11月) 平野部の夏の気温は約45度にも達する。モンスーンの影響を受け、7月、8月の平均雨量 は、平野部で38-51cm、Muree、Kaghan、Swat、Azad Kashmir等のヒマラヤのふもとでは152-203cmに達する。
イスラム教97%、ヒンズー教1.5%、キリスト教1%、その他
Urdu語 公用語:英語 主は方言:Sindhi、Balochi、Punjabi、Pushto
パキスタンの歴史は、少なくともインダス川流域に高度な文明が開化した紀元前2500年にさかのぼる。ハラッパ(Harappa)、モヘンジョダロ(Moenjodaro)、コットデイジ(Kot Diji)の遺跡がそのような古代の高度な文明社会の存在を証明している。 BC1500年ころ、アーリア人がこの地域を征服して、徐々にヒンズー文明に影響をおよぼし、文明の中心は東方のガンジス川流域へと移っていった。後にBC5世紀からAD2世紀にかけてはペルシャ人が北部を占領した。 BC327には、マケドニアのアレキサンダー王のひきいるギリシャ軍が通り過ぎ、AD712には、モハメッドカシムの指揮するアラブ人が現在のカラチ付近に上陸し、パキスタンの低地半分を200年にわたって統治した。この間に、イスラム教はこの地に根を下ろし、人々の生活、文化、伝統に影響を与えた。AD10世紀には、中央アジアから来たイスラム教徒の手でインドパキスタンの組織的な統治が行われ、次にAD18世紀にイギリス人がやってくる。イギリス人は、その後約200年にわたりこの地に君臨した。 現在のパキスタンの形になったのは、わずか100年ほどのことである。19世紀の終わりには、有名なイスラム教の指導者であり教育者でもあるSir Syed Ahmed Khan氏によるインドイスラム教の知的復興運動が始まった。 1930年には、著名な詩人、哲学者のDr. Mohammad Iqbalがイスラム教徒の国を分離させる、というアイディアを思いついた。1940年、全インドイスラム連盟がインドのイスラム教徒のための独立国家を要請するという決議を採択した。 Quaid-e-Azam Mohammad Ali Jinnah氏の卓越したリーダーシップのもとでの7年間にわたる不屈の闘争の後、1947年8月14日、パキスタンは主権国家として世界地図に登場した。その時はじめて大英インド帝国は、インドとパキスタンという2つの独立国家に分割されたのである。
通貨の基本単位はルピーで、1ルピー=100パイサ(paisa)になる。紙幣は、1、2、5、10、50、100、500(必要に応じて1000ルピー)、コインは、5、10、25、50パイサと1ルピーがある。
220V、50Hz AC
グリニッジ標準時+5時間(日本時間 - 4時間)
旅行者は、事故、盗難などに対する自国の保険に入っておいた方がよい。
支払金額の10-20%がめやす。
水道水は、飲用に適さない。主な町の観光施設でミネラルウォーターが手に入る。旅行者は、普通 の水を飲むための水浄化剤を使っても良い。
世界でも有数のスケールの大きな地形に恵まれたパキスタンは、北部での登山やトレッキングから、南部のアラビア海でのくつろぎのひとときまで、幅広い楽しみを提供してくれる。 超6000m級の有名な3つの山脈 - ヒマラヤ、カラコルム、ヒンズークシ - が 一堂に会する世界でただ一つの国であり、世界で2番目に高いK-2は、永遠に登山家たちのチャレンジの的である。 北部は、ポロの発祥の地である。ここでは、熱狂的な試合が繰り広げられる。どの町にも独自のポログランドがあり、たくさんのテントがはられた中でトーナメントが華やかに開催される。 南部は、全くの別世界が広がる。カラチのビーチでは、ラクダがゆったたりと歩き、スキューバダイビングをすれば、透明なアラビア海の岩の景観やサンゴ、まばゆいばかりの熱帯魚に圧倒されるだろう。 パキスタンは、スカッシュ、ホッケー、クリケットの世界チャンピオン国でもある。あなたの好きなスポーツの楽しみ方が必ずパキスタンで見つかるはずだ。
空路:40異常の国から25余りの航空会社が乗り入れている。ほとんどはカラチ(Karachi)に、またPIA(パキスタン航空)、英国航空、サウジ航空、中華民航航空がイスラマバード(Islamabad)に乗り入れている。 PIA、インド航空、サウジ航空、タイ航空、シンガポール航空は、ラホール(Lahore)に直行便がある。PIAは、ニューヨーク、トロント、ナイロビの他、主な地中海、ヨーロッパの都市からの直行便がある。東南アジア方面 からは、東京、北京、ジャカルタ、シンガポール、クアラルンプール、バンコクと結ばれている。 [中国から]
[インドから]
[イランから]
ホテル:パキスタンの宿泊施設はいろいろある。主要都市には近代的ですばらしく設備の整ったホテルがあるし、高原避暑地やリゾート地にはコテージやバンガローもある。宿泊費には税金が加えられる。どの場合にも事前の予約と予約の確認が望ましい。 PDTCホテル&モーテル:パキスタン観光公社(PDTC)は、Faletti's (ラホール)、Flashman's (ラワルピンディ),、Cecil (マーリー)、Dean's (ペシャワール)の4つのホテルとその他に20軒の設備の整った格安なモーテルを経営している。 ユースホステル:パキスタンユースホステル協会(PHYA)が1951年に設立され、国内に16のユースホステルを経営している。国際ユースホステル連盟とその関連機関のメンバーは利用できる。
パキスタンは、精巧な手工芸品の宝庫である。それらは、ポット、織物、金属、石、木製品作り、装飾など、子供の時から作り続けている熟練者によって作られたものである。 パキスタンの陶器は、歴史そのものといってよいだろう。芸術的な伝統工芸品の期限は、BC3000年にさかのぼる。今日、各地のつぼや水差しにはそれぞれの特色が強くあらわれていてい、頑丈なテラコッタから、からし色、深いグリーン、レンガ色、空色など色鮮やかな紙のように薄い磁器まで様々だ。 買い物好きの人にとって、その価格はリーズナブルである。帰りには、手織のカーペット、大理石、銅や真鍮製品、木製品、刺繍のほどこされた「Kurtas」など、数え切れない芸術品を手にしていることだろう。
ムガール、トルコ、イランの食文化を受け継いでいるパキスタンでの食事は、豊でユニークな経験となるだろう。ローカルのレストランでは、バザールのざわめきを背景に、オーブンから出したばかりの本物のパキスタン料理を味わえる。肉、魚、野菜料理は、スパイシーな味付けである。特に、グリルやバーベキューはおすすめである。 Seekh - Kabab(ひき肉の串焼き)、Shami - Kabab(ひき肉)、Tikka(羊、牛肉、チキンのバーベキュー)、「Pulao」というマトンかチキンのカレーと米料理も外国人に人気がある。 どの料理もおいしく、健康によいが、水と同様、合わない人もいるから気を付けて・・・
[カラチ (Karachi)] カラチはSindh州の州都。商業と工業の中心で、大きな港のある人口1000万人を越すパキスタン最大の都市である。 カラチには、Sandspit、Hawkes Bay、Paadies Point、Cliftonにビーチがある。国立博物館、Hill Park、ゴルフコース、スカッシュ施設、現代医療機関の他、見所は多い。 [ハレジ (Haleji) 湖] アジア最大の野鳥保護区であるハレジ湖は、カラチから70kmのところにある。冬期には、10万もの野鳥がシベリアから飛来し、バードウォッチャーの天国となる。 [タッタ (Thatta)] カラチから東へ98kmの地点のタッタは、かつて4世紀にわたりSindhの首都であった。Makliの丘の古墓地で有名。その広さは10平方km、墓石の数は100万にも及ぶ。その中には、建築様式、彫刻、ガラスタイル装飾が見事なものがある。また、タッタには、皇帝Shahjahanの命で建てられたShahjahanモスクがあり、ブルータイルとモザイクが魅力的である。 [モヘンジョダロ (Moenjodaro)] カラチからDaduを経てのびるスーパーハイウエイ、カラチから563kmのところにあるモヘンジョダロは、世界的に有名なインダス文明の遺跡の一つである。ここの考古学博物館は訪れる価値がある。もう一つのインダス文明の遺跡は、Sahiwalに近いハラッパにある。モヘンジョダロへは空と鉄道の便がある。遺跡には、泥レンガと焼きレンガの建築物、精巧な地下排水設備、大きな共同穀物倉庫、広々とした柱で支えられたホール、神学校、おそらく宮殿と思われる大きな建築物、周囲に固いレンガの塔を配した小高い砦などが見られる。水位 の上昇による壊滅から遺跡を守る努力が続けられている。 [サッカル (Sukkur)] サッカルは、カラチの北東544kmに位 置し、カラチ、ラホール、クエッタを結ぶ道路と鉄道の中継点として重要である。イスラム教会と中洲にあるヒンズー寺院には内外からの観光客が訪れる。近くの湖、運河、緑地でバードシューティングができる。 [クエッタ (Quetta)] 標高1677mの高地にあり、Balochistanの州都でもあるクエッタは、高原リゾートとして有名である。冬は厳しいが、夏はすばらしい。クエッタ渓谷には果 樹園が散在している。快適なホテルや競馬場、すばらしいゴルフ場もある。 [バハワールプル (Bahawalpur)] カラチから899km。チョリスターン砂漠地帯。この地の文化、砦、記念碑、宮殿、博物館、動物園、スタジアム、クリケットグランドが周辺の主な見所である。 [ムルタン (Multan)] カラチから966km。国の中心の少し右よりのところにあるのが古都ムルタンである。遺跡、ユニークな建造物など、見所は多く、特にRukn-e-Alamの聖者廟は見逃せない。 [ラホール (Lahore)] カラチから北東へ1305km、PIAの飛行機で約1時間のところに「公園都市」といわれるパンジャブの州都ラホールがある。古い町で、多くの歴史的な建造物が点在する。 美しいイスラム建築の廟、皇帝AurangzebのBadshahiモスク、Wazir Khanモスク、皇帝ShahjahanのShalimar公園、皇帝Jahangirの廟、すばらしい鏡のホールがあるAkbarのロイヤル砦など・・・。 ラホールが、たくさんの大学、学校、スポーツ活動、演劇の上演などから、パキスタンの文化の都といわれる。ラホール博物館は、インド亜大陸で最高といわれ、多数の歴史の遺品の他に、「断食する仏陀」像が有名である。毎年春には、Fortressスタジアムで全国家畜フェスティバルが開催され、馬術ショー、フォークダンス、音楽とタットゥーのパレードがくりひろげられる。 ラホールのベストシーズンは、春と秋である。 [ラワルピンディ (Rawalpindi)] ラホールの西北274kmに位置する。急速に近代都市に変わりつつあるこの町には、たくさんのグラウンド、楽しいクラブ、軍事博物館、広大なAyub国立公園があり、良いホテルやレストランの数も多い。 ラワルピンディは、マーリー、ナティアガリ、アユビア、アボッタバード、スワット、カガハン、ギルギット、フンザ、スカルドゥ、チトラルなど、北部の避暑地はリゾート地への入口である。 [イスラマバード (Islamabad)] パキスタンの新首都イスラマバードは、大きな公共機関のビル、魅力的な公園、広い並木道、真新しいShah Faisalモスク、充実したショッピングセンターの備わった計画都市である。 ラワル・ダムは、ピクニックスポットとして人気がある。高級、中級ホテルの他にキャンプサイトもある。 [タキシラ (Taxila)] ラワルピンディからペッシャワールへ向かう途中、北西約35kmのところに位置するタキシラは、BC5世紀頃の遺跡で有名である。この町は、長期にわたって栄え、仏教全盛期のガンダーラ美術教育、宗教の中心地として有名であった。その博物館は、是非とも訪れたい。 [マーリーとギャレー (MurreeとGallies)] ラワルピンディから64km、標高2286mに、松林に続き山々のそびえたつ町マーリーがある。ここは、パキスタン有数の避暑地である。ギャレーはマーリーの北西にある趣のあるこぢんまりした避暑地群で、それぞれが自動車道で結ばれている。 マーリーとギャレーでは、乗馬、ゴルフ、AyubiaとPatriataのチェアリフト、すばらしい平原の見渡せる松林の中の遊歩道が楽しめる。 [アボッタバード (Abbottabad)] アボッタバードは、ラワルピンディから116km、ペッシャワールから217kmのところにある緑の山々に囲まれた山あいの小さな町である。標高1255mにある避暑地として知られている。新しいカラコルム・ハイウエイの途中にある。 [ペッシャワール (Peshawar)] ラワルピンディ、イスラマバードの西172km、飛行機で約30分、アフガン国境に近い大きな町であり、古い伝説の町、誇り高いPathan人の町として知られる。 見所は、Balahisar砦、Qissa Khawaniバザール、Chowk Yaadgar、Mahabat Khanモスク、博物館など。 [カイバル (Khyber) 峠] ペッシャワールから56kmのカイバル峠は、世界的に有名である。長い歴史を通 じ、移住者も侵略者もこの峠を越えてインド亜大陸の平原へ入り込んできたのである。 [スワット (Swat) 渓谷] イスラマバード、ペッシャワールから航空便があり、全国から道路で結ばれた、歴史的な過去をもつ風光明媚な渓谷である。スワットは、かつて仏教とガンダーラ彫刻の中心地として栄え、Saidu Sharifのスワット博物館には、見事なガンダーラ仏像が陳列されている。 [カガハン (Kaghan) 渓谷] 標高4148m、Babusar峠にいたる全長155kmの美しい渓谷。夏期には、ジープサービス、快適なモーテル、レストハウスなどもある。BlakotにPTDCのモーテル、Naranに旅行者向けリゾートがあり、食事付きのすばらしい宿泊施設が整っている。価格もリーズナブルである。トレッキングやます釣りができる。ベストシーズンは、6月1日〜10月15日。 Shogran Saif-ul-Muluk湖とLalazarにも行ってみたい。 [スカルドゥ (Skardu)] ギルギットの西241kmのところにあり、ラワルピンディ、イスラマバードから空路、陸路で結ばれている。スカルドゥのK-2 Motelの他、サトパラ湖、カチューラにも宿泊できる。スカルドゥは、トレッキングや登山隊のベースキャンプである。 [チトラル - カラーシュ (Chitral - Kalash) 渓谷] ペッシャワールから飛行機で約50分、パキスタンの北西端に標高7705mのトゥチミル峰がそびえ立つ、エキゾチックなチトラル渓谷がある。チトラルから約40kmの3つの渓谷には、カフィル・カラーシュ族が住んでいる。彼らは、原始的な偶像崇拝、ダンスと音楽を愛することで世界に知られている。チトラルには、多くの硫黄温泉があり、トレッキング、登山、ます釣りができる。チトラルにはいくつかホテル、PTDCのモーテルがある。 [ギルギット、フンザ、クンジェラブ (Gilgit, Hunza, Khunjerab)] ギルギットは、北部の避暑地の一つで、ラワルピンディ、イスラマバードから空路あるいはカラコルムハイウエイ)で入る。ラワルピンディからギルギットへは、バス、ミニバスが運行されている。ギルギットは、果 樹園、ます釣り、登山の基地として有名。中国に接するギルギット北部が、長寿、おいしいフルーツ、壮大なラワルピンディ峰(7780m)などの峰峰で知られるフンザ渓谷。 別途手配にて、KKHでクンジェラブ峠を越えて中国に行くこともできる。
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